<朝晴れエッセー>水菓子

09-19 作者admin

母は果物が好きだった。子供たちと夏休みに帰省すると、いつも決まって鉢に山盛りに旬の果物をむいて出してくれた。おいしいと喜んで食べていたのがうれしかったのか、わざわざ子供たちにブドウを送ってくれたこともあった。

コロナ禍で遠方の母に会いに行けなくなり、その間にゆっくりと母の認知症は進んでいった。次に会えるときまでどうか元気でいてと願った。会えない代わりに母に時々果物を送ったが、母はもう好きだった果物をむくこともままならないようだった。

ようやく母に会えるようになった頃、ほどなくして施設への入所が決まった。これからは帰省しても家に母はいない。それでも母の穏やかで安全な暮らしの方が大事と自分に言い聞かせ、寂しい思いはどこかへ置いた。

次に会えるのはいつかな。春かな。でも私に「次」が来ることはなかった。

私は今、スーパーの青果部門で働いている。日々旬の果物に触れ、香りを感じるたびいつも母を思い出す。母から教えてもらったブドウの名前。母の好物だった柿。あの日の、透明なガラス鉢に山盛りの梨。てのひらの桃の甘い香りが、いつかの遠く懐かしい幸せな夏を思い起こさせる。

西谷倫子(52) 大阪市東住吉区

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